Ri-ってどんな人?

私は生まれて目も開いていない時、伯父に

「この子は変わった子に育つ!」

とまるで予言のような宣言をされたそう。

 

 

 

そのせいか、もしくは言葉に洗脳されているのかもしれないのですが…知人からは

 

「変わってる人」「面白い人」

と口を揃えて言われることが非常に多いです!

 

多くの人に面白いところがあるのに不思議なものですよね・・・

どう思っていただけるかは分かりませんが私がどんな人なのか伝えられればと思います。

 

おいたち

簡単なプロフィールを紹介させてもらうと

1992年4月30日千葉県生まれ、兄弟は年の離れた姉と妹&年の離れた妹がいます。
(※2番目です)

人間の兄弟はこんな感じですが、
この生まれた日は父が生まれたての子供そっちのけでグレートデーンの赤ちゃんをお迎えしていた日でもあるそうなのです(笑

両親共にかなりの動物好きです(※ヘビはダメみたいですけど)

そんな家庭で育ちました。

この時はお互い生後1年未満、髪の毛が嫌いで丸刈りです。そして写真嫌いな私にとっては貴重な写真でもあります。

 

人生初めて見たイヌでもあり数ヶ月違いのお兄ちゃんのような存在で、一緒にキャンプしたり常に一緒で初めて死について理解させてくれた大切な家族です。

 

ほぼ室内犬で優しい性格だったこともあり、遊び相手も寝るときもずいぶん一緒にいたそうで他どんなの動物も怖がることもなく育ちました。

たとえ猫に引っ掻かれても、

預かっていた犬に襲われて大人たちが慌てるような血まみれなケガをしても、

動物に触れられることを喜んでいるような子だったそうです。

 

そんな動物好きな幼い時の初めての動物園デビューは保育園の親子遠足での上野動物園

母いわく・・・

全力で単独行動し始めたので無理に集団行動させずに付き合ってくれたとのこと。

運動類が苦手でおとなしいタイプの子供だったので回りの大人達からはビックリされたそうです。

 

このおとなしいけど自由人な感じの性格は基本的には今もあまり変わっていません。

多少変わったところは…

今こうしてサイトを作ったりして自己主張しているので穏やかな自由人になったところだと思います。

 

小学生:絵を描くことが好きになる

 

小学3年生の時、人生初の「絵が額に入れられて飾られる」体験をしました。

この時の絵は引っ越し途中に家が不審火で全焼したので無いのですが(家族と貴重品などほとんどは無事)

遠足で千葉動物公園に行ったときに見たフラミンゴの絵が飾られたのです。

 

自分ではフラミンゴの足が短くて残念な絵だと思っているようなものだったのですが、フラミンゴのピンク色がキレイだと町役場に飾られました。

この時の

「見る人と描く自分の感じるものは違うんだ!」

と言う経験が衝撃的で初めて画家になりたいと思いました。

 

この時に両親に画家になりたいと伝えましたがやんわりと止められたのは覚えています。

 

 

その後、父の方で何か問題(教えてもらえてません)があり夜逃げのような引っ越しや転校で生活環境はガラッと変わります。

 

突然の転校や馴染めない学校生活で3ヵ月くらいの登校拒否

最初の頃はとにかく学校に行くことがストレス過ぎて毎朝、腹痛と吐き気に襲われていてツラかったです。

 

両親も無理に行かせようとはしないでいてくれたのと、私が勉強が好きな方だったのもあって自分の意志で学校に通えるようになりました。

 

学校に行っても馴染むのに時間がかかっていたので図工など1人で作業できる時間がとにかく楽しかったのは覚えています。
この時はひたすらお絵描きしていたりも…。

 

そして学校生活に馴染んで、転校前の学校より過ごしやすくて楽しくなってきた6年生の時

特選で花の絵が成田空港に飾られました。

(画像はイメージです。)

これは私は絵を描くのが得意なんだと思えたきっかけになりました。

 

 

中学生:夢が変わる

 

中学生の時は特に何もしない美術部所属でした。

美術の授業は好きでも部活は顧問の先生がほとんどいなかったこともあったのと、

先輩の雰囲気が苦手で作品を作らなければいけないとき以外は学校の隣の市営図書館で過ごしていました。

そこでひたすら動物図鑑や飼育書を眺めているときにふと

[動物園の飼育員]

と言う職業が気になるようになりました。

 

この時 両親の気づかいで転校はしていませんでしたが車で40分以上かかるところを転々と引っ越していたのでほぼ毎日図書館通いです。


余談ですが… 家とトイレの距離が80mは離れているところに住んだところがスゴくてですね(笑

坂の下に家があって軽い雨で床上浸水、薄く積もるくらいの雪では足元に積もるくらいの雪が膝下までスッポリ埋もれる場所だったんですよ!
人生初体験です!

とりあえずトイレ問題が過酷だったので長居はしてませんが住む場所に関しては逞しくなれたなと感じています。


 

高校生:挫折

 

高校3年生の夏

 

動物園の飼育員を目指して近所にあった専門学校に体験飼育をしに行くも

同じ体験中の学生さんと数日間あったのですが、だんだん話ができず1人ぼっちになっていき

なんだかこの空間にいることがツラくなってしまい動物園の飼育員になることを諦めてしまいました。

 

この時は動物とのコミュニケーションはまったく問題が無かったのですが、

今以上に人とのコミュニケーションが不器用で学校に通い始めたとき…

仕事に就いたとき…

と人とコミュニケーションがとれるかが不安で不安でしかたありませんでした。

 

今思うとすごくもったいなくて後悔してます。
やってみたらどうにでもなったことかも知れないですからね!

 

ちなみに高校生の時は小中学からの友達が多かったので真面目に学校に行った結果、皆勤賞でした。

朝は早め、夕方は5時までゲームを持って集まる帰宅部&趣味で家に帰れば家庭菜園のどうしようもない3年間でした。

 

それから:病気と転機

 

高校卒業後しばらくバイトは見つからないし、親戚が亡くなったり、ネコが背骨の骨折で下半身麻痺になってしまったのです介護したり…と、とにかくグダグタと過ごします。

 

そして21歳の冬からなぜか喉に影響が出ることの多い病気続きが始まりました。

まず11月頃、ネコ引っ掻き病と言う免疫力が落ちているとかかりやすい名前通りの病気にかかります。

ネコに引っ掻かれたところに近いリンパ腺がボッコリと腫れて高熱が出たりするもので…

私はリンパ腺が多い首辺りを室内飼いの子猫に軽く引っ掻かれた結果、熱は出ずに首に2ヵ所&左脇がボッコリ腫れ上がりました。

水を飲み込むのも激痛なのに熱はでないので空腹で喉が乾く日々。

 

腫れが落ち着いて日常が戻ってきた2月頃、

今度は多発性硬化症という難病の疑いの状態になり自力で体が動かせなくなります。

多発性硬化症について詳しくはこちら

多発性硬化症の疑いになるまでの話

多発性硬化症(疑い)の症状と変わったこと

この時 症状が多すぎるので上の記事にまとめてありますが、喉の神経にも影響が出ていてむせたり、飲み込みにくかったり、戻ってきたりと
まるで玉手箱を開けて年老いてしまったような状態に…。

※今でも意識していないと食べこぼしたり、むせたりしてしまっています。

 

そしてこの病気の症状が落ち着いた5月頃、また喉(今度は甲状腺)が1ヵ月ほど腫れ上がり

7月に流行っていた手足口病にアーケードゲームをしたらかかるという。

ネコ引っ掻き病がきっかけだったのか、なぜかものすごく免疫力がガタ落ちの期間でした。

喉って腫れたり弱ったりすると食事が大変なんですよ…。

でもそんな中 転機が訪れていました。

 

多発性硬化症になったとき家族から

「家で出来ることを仕事にすれば良い」

と言われたのです!

 

これが今こうして絵を描くことにした起点

 

まずは何か資格を取ってみようとクリスタルデコレーション講座を受けてみて、認定証はもらえましたが自分には合わないと感じデザインだけを描いていました。

そしてたまたま折り畳みの鏡に描いたデザインを気に入って買ってくれる方に出会ったのです。

自分のデザインを気に入ってくれる方もいてこういう方法もあるんだと気がつき、ハンドメイドアクセサリーを作り始めました。

 

もちろん最初は売れません。

 

接客経験0ですし、宣伝も何もしていなかったのです。

 

ひたすらネットで勉強し改良していたある日の晩、長い距離を走る流れ星を見つけたのでふと願ってみたのです。

「あっ!流れ星!…………。長いなぁ~…。
ハッ!作品が売れますように!」

と(笑

結果、その日の深夜に初めて買っていただき、その後もオーダーメイドが入ったりするようにもなったのです!

 

 

そして現在

多発性硬化症の影響もあって細かい作業の多いアクセサリー制作では手の震えが止まらなくなったことと、その震えているものを見続けているとめまいが起きやすくなったのでアクセサリー作りを続けることは辞めました。

 

その代わりに現在のガラス絵の基盤ができ始めていたこともあったので動物ガラス絵描きとして活動しようと思ったのでした。

絵を描いて欲しいと依頼を頂けたりして自分のデザインに自信がついたので、自分の体調に合わせて公に活動したいと思いまず作ったのがこのサイトです。

 

 

 

親族も自由人

私自信は変わってるとよく言われるとお話しましたが親族は私より変わってる人が多いと思っています。

 

高校卒業後、伯母が亡くなって初めて父の兄弟に合ったのですが…
地黒で天然パーマな見た目もちょっと独特な雰囲気もそっくりでビックリしました。

もう1つ驚いたのは職業

馬主、陶芸家、元カーレーサーで車関係の仕事をしてる人、元バイクレーサーでバイク関係の仕事をしてる人、宝くじ高額当選者で現在も宝くじ当選しながら生活してる人…

詳しくは知りませんが冒頭に予言した人は宝くじ当選者ぽいですよね、なんか。

父も22歳の時に塗装会社設立して十数年社長してたそうですが、ストレスでおかしくなる前に社長は止めたそうなんです。

好きなことに人生捧げているのが父系の特徴ですね。

 

母の方は伯母1人ですが、とにかくカッコいい人なんですよ!
身長高くて、ベリーショートな髪型で腹筋割れてて…2人の子供も育て終わってる。

性別なんて気にしないでも家族を作ることも、生活も普通に送ることもできると身をもって証明している姿に憧れます。

 

そして最後に、今は亡き両祖父母もかなりの動物好きで多趣味だったそうです。

 

なので私が変わってると思われるのは遺伝子からかも知れないですね!

 

よく分からない外見

自分には 父8:母2 位の割合の遺伝子が入っているんじゃないかと思うくらいの父親似で、地黒の天然パーマです。

(↑今もだいたいこんな感じ)

これだけでかなり勘違いされていますが

ハーフやクォーターである前提で話しかけられたり、日焼けしてる人=健康そうだったりスポーツが得意そうと思われがちです。

たとえ父が新生児室に一緒にいたジャマイカ人の子と見分けがつかなかったことがあると言っていたとしても、確実に祖父母も両親も日本人です。

中学生のときにいくら否定してもしつこく付け回されたことがあるのでちょっと神経質になっていますが…(汗

そして犬と散歩したり野菜作る以外は部屋でゲームしたり絵を描いたりと引きこもっているので運動系はかなり苦手です。

 

自ら大きな声を出すことにストレスを感じるくらい物静かなので学生時代は憂鬱なことが多かったなぁと思います。

 

もう学生ではないので気にせずにいられることがもう1つ

「性別」

体は女、見た目は男、心は中性 な感じです。

性別に違和感があるのですかね?

正直なところ…

(清潔感は別として)見た目を気にしないでいいのであればどっちでもいいと思っています。

ただただナチュラルでいたいことが自分の中で優先されているので、
手術して性別かえたい!戸籍の性別変えたい!とかは考えたことは無いです。

 

ディズニーのニモで有名なカクレクマノミは普段は性別が無いんですよ!子供を作るときだけ性別が時と場合によって変わる。

そんな生き物もいるのです。

聞かれれば体は女なので女と答えますし、男だと思われていれば否定も肯定もしません。
公衆のトイレに入ったときにちょっと罪悪感があるくらいです。

 

 

両親も母方の伯母が似たような感じの人だし、息子が欲しかったと言っていたりもするくらい寛容的でしたし…。

 

ただ七五三のときに今後無理強いはしないからとドレスを着せられて写真を撮られたのが最後です。
※それ以来カメラは苦手なので写真がほとんどないです。そしてこの写真は引っ越し途中の家が全焼したときに巻き込まれていたので良いのか悪いのか無いです。

 

これからやりたいこと

 

最後にこれからやってみたいことはいくつか

 

①とにかく絵が描きたい!

病気の時によく夢で出てきた白いウミガメや光に透けるガラス絵、動物園で見た動物などとにかく描きたいものがたくさん!

 

そしてこのサイトを通じて人を癒せる絵を提供したいです。

 

②動物園・水族館巡りをしたい!

小さい頃からの大好きな動物に囲まれる場所なのであこがれでした。

目標は国内制覇!

 

③車の免許と車をGET


描いた作品を持って動物園・水族館巡りしながら移動式ギャラリーやガラス絵教室をしたいと思っています。

 

④会員限定で宿泊できるガラス絵のスッゴいギャラリーを建てる。

もし、多発性硬化症(疑い)の症状が重くなってしまって気軽に行動できなくなったとしてもこのギャラリーに来てもらえれば

会ってお話したり

癒されたり

お絵描き教室だってできるようにしておきたいです。

 

⑤英語の勉強

イギリス人のチャット友達や最近 犬と散歩中に移住しているフィリピン人の男性とお話しする機会があったり…その他旅行中の外国人によく声をかけられるので。

ある程度できるようになったらオーストラリアかニュージーランドの南の方にいる野生のペンギンを見守りたい。

さらにこの記事制作後から数年後の追加で

絵描きさんなどの制作活動をしている人を応援する活動も考えています!

内容としては誰でも参加できる企画展がメインのギャラリー経営です。

年齢も初心者でも遠方(作品発送で参加)でもOK!

在廊できる人には目立ってライブペイントをしてもらってファン作りや販売しやすい場所にしたいと思っています。

参加費や場所に関してはまだ未定ですが、初心者でも参加しやすい料金で外国人観光客(日本人よりも絵の購入に関して興味を持っている人が多いです)の多く外からライブペイントが見えるような場所を考えています。

まだ私も勉強中なので時間がかかってしまいますが応援していただけると嬉しいです。

 


さて、いかがだったでしょうか?

変わってると思ったのであればただ周りにいないタイプの人だっただけなんだと思ってください。

そんなやりたいことを共有できる無料メールマガジン【Ri-アニマルアート通信】を開設しました!

内容は

動物園・水族館巡りの限定公開絵を配信

動物のお話

これから動物やガラス絵を描いてみたい方のお悩み相談やアート教室

私が命を描くつもりで描く動物絵の依頼

未来のガラス絵美術館のこと

などなどを発信したいと思っていますのでよろしくお願いします!

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